ケアンズライフ
投稿者:shin
僕はオーストラリアのケアンズに住んで約9ヶ月になる。その前は約2ヶ月間メルボルンに住んでいた。ビザはワーキングホリデービザ。今回のロングステイのきっかけは、人生を変えたかったのでしょう。目的は、何もないゼロの状態から、人並みの暮らしができるようになること。人並みの暮らしとはローカルのところで働いてローカルと同じような暮らしをするということ。こちらに来て、オーストラリアの日本と違うところに気づいた。日本を離れてみて、日本の良さ、逆に不便なところが見えてきた。人それぞれ価値観は違い、感じ方も違うと思うが、僕がオーストラリア、主にケアンズで暮らすにあたって行ったこと、感じたことを書いていきたいと思う。
● 気候
ケアンズに来たときは蒸し暑いと思った。昼間の日差しも強い。長時間外に居る時は、帽子とサングラスが欠かせない。ケアンズの気温は16℃~35℃。常夏なのでたいてい蒸し暑い。特に1月~4月は雨季で雨が多く蒸し暑い。5月~10月は冬で朝晩はすこし肌寒いことがあるが、日中は30℃前後で少し暑いくらい。その時期は一年で一番過ごしやすい時期である。11月12月は徐々に暑くなってくる。これ書いている時12月25日ちょうどクリスマスだが、ほんとに暑い。日本ではホワイトクリスマスなのに、こっちは真夏の蒸し暑いクリスマスでムードも何もあったものじゃない。こちらに季節感は全くない。僕は暑がりなので、この時期はエアコンがないと生活できない。いずれにしても基本的に一年中短パンにTシャツで過ごせるので、洋服代がかからない。寒いのが苦手な人にはぴったりの気候である。
● アパートのレント
海外でも日本でも生活するには住まいが必要だ。僕は今はケアンズ周辺にアパートを借りて生活している。バス、トイレ、キッチン、エアコン、ファン(こちらはたいてい天井にファンがついている)、家具(テレビ、ソファー、テーブル、椅子、ベッドなど生活に必要なもの全て)付きの、1ユニット。週に145ドル(約14500円)。月に6万円くらいだろうか。こちらは給料も家賃も週払い。電気代は3ヶ月に1回。電話代は月に一回(3ヶ月に1回もできる)。ガスはあまり普及していない。うちのキッチンも全て電気だ。水道はアパートの場合大家さんが払うことになっている。近頃不動産の価格が高騰しており、アパートを借りるのも大変らしい。僕のアパートで僕が契約した時の2ヶ月くらい前に入居した人は週にレント140ドルだそうだ。日に日に上がっているという感じである。シドニーなんかは、僕が今住んでいるくらいのアパートだと最低200ドル(約2万円)はするらしい。物件を探すには、インターネットか土曜に発行される地元の新聞がいいと思う。僕は新聞で見つけて、そこに書かれていた電話番号に電話して、アパートを見せてもらい、契約した。基本的にインスペクション(下見)の予約を不動産屋に入れ、借りたい物件を見に行く。そこで気に入ったら、書類に記入し、不動産屋にそれを渡す。何人かの候補者の仲から書類審査により借りる人が選ばれる。書類審査には、推薦者の署名や、収入の証明などが必要になることもある。不動産屋によってそこらへんはまちまちである。僕の場合、新聞で今のアパートを見つけ、そこに書いてあった電話番号に連絡。アパートを見に行き、気に入ったのでその場で不動産屋と契約。借りるにあたって何も審査もなかった。
永住している人は家を買ったり借りたりして生活しているが、一時的な滞在者はシェアハウスに住んでいる人が多い。日本では知らない人と同じ家をシェアするという習慣はないが、こちらは当たり前のように行われている。僕もアパートを借りる前は、シェアハウスに住んでいた。バックパッカーホテルや街中の掲示板にシェアメイト募集の張り紙はたくさんある。日本の留学サポートセンターなど日本のエージェントには日本語の張り紙がたくさんある。そういうところで探せば英語が話せなくても大丈夫。日本人は日本人同士でシェアしている場合が多いようだ。シェアハウスの家賃はケアンズでだいたい週80ドル~120ドル(約8,000~12,000円)。不動産屋などで物件を借りるのは、たいてい書類審査があり英語力も必要でそれなりにお金もかかるので、他人との生活が気にならないようであればシェアハウスも選択肢の一つである。
● 医療
ケアンズの病院はたいてい日本人スタッフがいる。僕もけがや風邪で今まで3回くらい診てもらった。風邪をひき熱があり体がだるい時に英語でのコミュニケーションは一苦労だ。僕は日本で申し込んだ海外医療保険を使っているので、診察代は全て無料。緊急の時も安心だ。またケアンズ市内のANZ銀行にも日本人スタッフがたくさんいる。日本人にとってケアンズは英語が話せなくても住みやすいと思う。
● ショッピング
こちらに来てまず物価が高いと思った。店によって違うが、缶コーラが2ドル(約200円)くらいした。これは近頃円安が進んでいるからというのが、一番の原因。5年前は1ドル67円、2年前は85円、今現在100円以上!。日本と比べて、野菜、果物、肉は安い。ただ全てが大きい。肉の塊3キロとか、野菜や果物も全てキロいくらという表示。日本のスーパーに売っているような惣菜はない。週に一回大量に買い込んで、肉は小分けして冷凍する。その他はいろいろだが、こんなもん日本の100円ショップに売ってるよ~というのが、5ドルくらいすることがある。衣服の値段は日本とそんな変わらないと思う。ただズボンの裾上げなんかは、有料で10ドル(約1000円)くらいとられることがある。しかもすぐやってくれない。一週間くらいかかることもある。サイズはたいてい相当大きいので、痩せ型の人だと困るかもしれない。
● 車社会
ケアンズ周辺にすんでいると、車の必要性を強く感じる。自転車があればそんなに生活に困るほどのことはない。ただどこにも遊びにいけない。ケアンズ周辺は自然が豊かだ。きれいなビーチがあり、お金持ちがバケーションで訪れるポートダグラス。世界遺産の熱帯雨林が美しく、コーヒー、マンゴーの産地であるマリーバ、テーブルランド。様々な特産品の店が並ぶキュランダ村。車がないとどこにも行けない。ちなみに車の値段は日本に比べてとても高い。2倍くらいはすると思う。でも売るときも高く売れる。日本だと買って少しでも走ったら、売る時の値段はすぐに買値の半分かそれ以下になってしまう。こちらでは1年間使ったくらいだと、買った時と同じくらいの値段で売れる。値段の下がり方が緩やかなのだ。個人売買が盛んなようだ。店で買うよりかは個人売買で買ったほうがかなり安くすむ。できるだけいい車を買ったほうがいいだろう。僕は友人に借りたオンボロのバンを運転してたら、急に山の中で止まってしまった。真夜中、外は雨、しかも携帯は圏外。絶体絶命とはまさにあの時のことだろう。雨の中走って必死で携帯のつながる所まで行き、RACQ(こちらのロードサービス)に電話をかけて来てもらった。ちなみに今まで3回くらい呼んでいるので、RACQの人たちとも顔見知りになってしまった。
● 仕事
引退した人、すでに富を築いた人にはあまり関係がない話かもしれない。生活していくにはお金が必要だ。こちらに来て、いろんな仕事に就いた。シャトルバスの運転、道路工事、バナナファーム、乗馬ファーム、日本食レストラン、土産屋、日本語新聞の広告の営業など。ケアンズは日本人が働けるところは比較的多いと思う。観光地で日本人観光客が多く、日本食レストラン、土産屋、日本観光客向けツアーガイドなどそんなに英語が話せなくてもできる仕事はたくさんある。日本のエージェントの掲示板にたくさん求人の紙が張ってある。毎週土曜日発行される地元の新聞にもローカルの求人広告はある。英語ができる人はそれでトライするといいと思う。
メルボルンに着いたばかりの頃、僕は就職活動をした。証券会社で働いた経験があったので、主に金融関係の求人にトライした。メルボルンは金融の街なので、結構その業界の求人はあった。仕事はインターネットで何社か申し込み、いくつかから面接のオファーがあった。そのうちの一つは、高層ビルのオフィスの中、テレビ電話でニュージーランドにいる社長との面接。最初は自己紹介と簡単な世間話だったが、話は専門的で難しくなってきた。相手の言っていることがわからないからもう一度聞き返す。それでもわからない。さすがにもう一度聞き返すのは失礼だから適当にしゃべりまくった。社長は、途中で退席して出てってしまった。でもそんな中なぜか最終面接までいった。私とあともう一人に絞ったらしい。それもなんとか勢いでしのいだ。一日待って電話がきた。結果はダメだった。その他何社か面接を受けたがダメだった。原因は僕の英語力。雇うほうとしても英語もほとんど話せないどこの馬の骨かわからない外国人を雇うわけにもいかないだろう。でも、肉体労働なら比較的就きやすい。いずれにしても私たち外国人にとっていきなりローカルの仕事に就くのは少し難しいような気がする。オーストラリアに着いたばかりの時は、履歴書を街中に配って歩いた。それでも仕事に就けず苦労した。日本食レストランのように日本人が経営しているところならすぐに見つかったかもしれない。でも僕は最初から地元のオーストラリア人が働いているローカルの職場ばかりトライしていた。せっかくオーストラリアに来たのに日本人ばかりの職場で働くのもどうかと思ったからだ。お金がなくなり生活できなくなり、日本人の土産屋で働いたことはあった。今は郵便局で働いている。周りは現地のオーストラリア人ばかりで日本人は僕一人しかいない。周りの人たちとも全て英語でコミュニケーションをとらなければならない。何かと大変なことはあるが、ローカルの人たちと職場でもそれ以外でも交流する機会が多くなり、本当のオーストラリアンライフを経験できる。
● 生活スタイル
こっちは日本よりものんびりしている。人にもよるが、基本的にDoesn’t matter. No worries. 時間はとてもルーズだと思う。バスも1時間2時間遅れるのが当たり前だと聞いたことがある。スーパーのレジでも10分くらい待たされることがある。日本の感覚だったら考えられないことで最初いらいらしたこともあったが、こっちの人は何にも気にしていない様子。店員の態度もすごくカジュアル。電気屋で新品のテレビを買ったら壊れていていたので買った店に持っていったら、1ヶ月後にようやく新品が来た。しかもSorryの一言もなし。たまに日本の感覚で買い物をするとカチンとくることも多々あり(笑)まあ最近慣れてしまったけど。逆に職場ではこのカジュアルさがすごくいい。別に5分10分遅刻しても何にも言われないし、上下関係はあまりない。日本だったら一秒でも遅刻したら30分くらい説教がありそうだが・・・。しかしこれらは私が経験した中だけで言っていることなので、特に一般化はできないと思う。人は個人個人違う。ただ日本みたいにペコペコお辞儀をしたり丁寧語や尊敬語を使うこともないので、人間関係はフレンドリーだと思う。
よくこちらの人は家の庭や公園など屋外でバーベキューをする。ほとんどの家庭にはバーベキュー設備がある。公園にもたいていバーベキューの設備があり、ガスも通っており、誰でも自由に食べ物を焼ける。僕も何度かオージーのバーベキューに参加した。ジューシーなオージービーフを野菜と一緒にパンにはさみかぶりついた。最高にうまかった。アルコールが入っちゃえば言葉の壁なんて関係ない。みんなでバカな話をして騒ぐ。ここらへんは日本と同じだ。それにしてもこっちの人は酒に強い。僕は日本では強いほうなのだが、こっちではいつも二日酔いになる。
● こっちで外国人として困ったこと
たくさんあるけど、やっぱり言葉の壁。これはこっち来た当初から感じていることで、だいぶ英語を話すのに慣れた今でも感じる。それでもほとんど話せなく買い物するにも一苦労だった最初の頃と比べると、だいぶよくなった。よくなったというより慣れたというほうが正しいかもしれない。オーストラリアはイギリス英語だ。でも日本で習う英語は基本的にアメリカ英語。スペルや発音の違いに、来たばかりの頃は少し戸惑った。
バナナファームで働いていた時は、言葉が通じにくく本当に困った。そこで働いていた人たちはみんなスラングばかり連発していた。いわゆる学校で習うようなまともな英語は誰もしゃべってくれないし、理解もしてくれない。訛りもあったと思う。日本と同じように田舎に行けば行くほど訛りは強くなるらしい。まあ僕にはどれが訛りなのかすらわからなかったのだが・・・。
今ではオーストラリア人たちと一緒の職場で働けるくらいに話せるようにはなった。でも会話は意思の疎通だけではない。冗談を言い合ったりして笑いや楽しさがないと人間関係は深まらない。ボキャブラリーの少ない僕にとって、英語でジョークを言って笑いをとるのはまだちょっと難しい。もっと話せるようになったらもっと楽しいだろうにと思う。これは今後の課題である。
もう一つ。こっちでドライバーズオーソリゼーションを申し込んだ時のこと。僕は友人スティーブのビジネスを手伝っている。それはケアンズ、ポートダグラス間のシャトルバスのビジネスでまだ最近始めたばかりだ。そのビジネスをするにはまずは免許が必要だった。国際免許証は日本で発行してもらい持っていたのだが、それだけでは客を乗せて運転することはできない。まずクイーンズランドの運転免許をとり、ドライバーズオーソリゼーションという日本でいう2種免許のようなものをとらなければならない。クイーンズランドの運転免許証は、ケアンズの日本領事館で日本の運転免許の翻訳証明をしてもらい、その書類を持って運輸局で簡単な手続きをすれば、5分くらいで発行してくれた。それからドライバーズオーソリゼーションを申し込んだ。審査して1週間くらいで手紙を送ると言われた。しばらくして手紙が来た。開けて開くとまず目に入ったのはREFUSAL(訳:拒絶)の文字・・・。よく読むと2年間以上車の免許証を保持していないといけないとのこと。”オーストラリアの免許”とは書いていなかった。私は日本の運転免許を7年くらい保持していた。スティーブに見せたら、「日本の免許でもいいはず。」とのこと。結局、裁判所に持ち込むことになった。スティーブと一緒に裁判所で聖書に手を置いて嘘は言いませんと誓い、私の給与明細などを見せてこの収入では生活していけませんと訴え、そのビジネスをするにはドライバーズオーソリゼーションが必要だと主張した。そうしたら書類に判子を押してくれ、それと日本の警察署から取り寄せた運転暦の書類を持って今度は運輸局の窓口へ。ここではネイティブスピーカーのスティーブがマネージャーを説得して、再審請求が通った。後日手紙が来て、とりあえず1年間仮のものを発行するとのこと。オーストラリア人ならこんなに大変な思いをすることはなかっただろう。でも、こっちは感情面で訴えたら結構受け入れてくれるもんなんだなあと思った。日本だったら規則が優先してそうはいかなかったかもしれない。
● 終わりに
ケアンズは、美しい海と壮大な山に囲まれたトロピカルな街。スキューバダイビング、スカイダイビングのスポットがたくさんあり、アクティビティも充実している。そしてとてもカジュアル。人々は素足で外歩いているし、スーツを着ている人はほとんどいない。気を使わずのびのびと暮らせるところだ。
こっちに来て日本に帰っていく人もいる。ずっと住み続ける人もいる。人それぞれである。でも短い人生1回くらいは海外で住むのを経験しておいてもいいと思う。日本での生活を捨て海外で住むということは、リスクもあるし、手放さなければならないものもある。苦労もたくさんあり、ものすごくエネルギーが必要だと思う。でも日本を離れると、日本の良いところ、悪いところが見えてくるし、いろんな価値観を知ることになる。何事も知らないよりは知っておいたほうがよいと思う。生き方は自由である。これからまだ続く私の海外ロングステイは、そんなことを教えてくれたのかもしれない。
(投稿時期 2007年12月)

