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SMSにおあつらえの芸術?
遅き日や こだま聞こゆる 京の隅(すみ)
以前、ローマ大学で日本語を勉強する学生さんが、
「大好きなPoesia(詩)」といって送ってきてくれた俳句です。
与謝蕪村の作だそうです。
突然の予期せぬ古都の風に、私はなぜかとても心に染み入り懐かしく、
涙が出そうになったのを覚えています。
わずか17文字。
この中に私たちは何をふくらませ、どこにこんなにも感じ入るのでしょう。
5月のとある月曜日、ローマで“俳句の夕べ”が開かれるときき、
出かけてみることにしました。
-ローマ市内サン・ロレンツォ(San Lorenzo)地区 “Bar-à-Book”-
ローマの中心テルミ二駅より地下鉄でわずか2・3駅のこの地区は、
近くに大学があり、若者で賑わう地区として知られています。
一風趣向の変わったお店やバーが軒を連ね、
日本でいえば、吉祥寺や下北沢に近いような気がします。
この夜の“俳句の会”の会場となったも、バーを兼ねた書店。
落ち着いた雰囲気の味のあるインテリアと書棚の中、
めいめいワインやカクテル・グラスを手にしながら宴が始まりました。
出席者のほとんどが、ローマで活動をする現役詩人の方たち、
持ち寄られた自作の俳句が、順に披露されてゆきました。
静寂の中、句はゆっくりと二度繰り返し詠まれます。
独特のリズムに加え、季語を意識して自然を詠みこんだり、
限られた字数に心情を表現したりと、
言葉こそ違え、“俳句なのだなぁ”と納得してしまいました。
時折表が騒がしくなると、皆「これは思わしくない」とばかりに
敏感に顔をしかめます(笑)
これが、“静”の文化をたしなむ敬意なのでしょう。
お店の人が「しぃーっ」と、そそくさと注意をしに出、
それでも、そんないたちごっこのようなやりとりが尚も数回。
おしゃべり好きのイタリア人には酷なのか、
そんな微笑ましい一場面もありました。
ところで、聞くところによると、イタリアでの俳句人口は増えているのだそうです。
ウェブ・サイト上で作品を公開したり、コンクールが開かれたり、
そして、とりわけ若者層にうけているというのですから驚きです。
この日唯一の日本人芸術家として出席をしていた池田たつおさんも、
『若者にうけるのは納得ですね。これは、SMS(携帯電話のショート・メッセージ)にぴったりの芸術ですよ』
とおっしゃっていました。
日本の伝統芸術と現代の機器、面白いマッチングだな、と思いました。
そして偶然にも、この日初めての“俳句“体験をした友人も、
帰り道にまったく同じことを口にしました。
「これはSMSで流行るんじゃないか?」
言うなり、早速即興で2・3句
嬉しそうにSMSで友人たちに送っていました。
なるほど、こういう視点で“俳句”を見れるとは、
私にとっても新鮮な晩となりました。



